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記憶の風

あの小さな男の子のことを思い出している。
なんてことないいつも通りのバイトに向かう途中で、何故だかふいに思い出した。
遠い、けど、とても近い場所にある、大切な記憶。


あの時私は小学六年生。
私の通う小学校では六年生が一年生とグループを組んでまだ慣れない下校に付き添う、という取り組みをしていた。
私の担当するグループの中に一人、白いシャツに蝶ネクタイ、紺色の半ズボンにサスペンダーという いつも決まった格好をしている小さな男の子がいた。
話しかけても照れ笑いを浮かべるばかりで、ほとんど自分から話すことのない、恥ずかしがり屋の男の子だった。
普段から蝶ネクタイを着けている子など他にはいなかった。
きっとお金持ちのお坊ちゃんなのだと思った。
はにかんだ笑顔がとても可愛らしい、品のある男の子だった。

下校グループの中では私が一番家まで遠く、私がその子を見届けて別れて終了という感じだった。
だけど、その子は自分の家が近くなると立ち止まり、私にあっちに行ってのジェスチャー付きのバイバイをするので、私はその子の家が何処なのかを知らなかった。
お家はどこなの?と聞いても、教えてくれなかった。
特に気にしなかったのか、すごく気になっていたのか、正直よく覚えていない。
だけど痛みのないしこりのような、違和感は私の中に確かにあった。

きっと何度も何度も下校を共にした頃だっただろうか。
その子の家の場所は、大体ここら辺だな程度の認識で、私の中ではもうどうでも良いことになっていたと思う。
その日が一体何の日だったのかは全然覚えていない。
帰り道はよく晴れていて朗らかな雰囲気だった。
その子は確か、私がひょうきんなことをするといつもよりたくさん笑っていた。

別れ際、私がバイバイ!と言うと、いつも立ち止まるはずの場所で、突然彼は走り出した。
走った彼が立ち止まったのは、すぐ近くの、とても古いアパートの下だった。
そして彼はアパートを真っ直ぐ指さして、『ここ!』と笑ったのだ。
眩しい、屈託のない、ほんとうに眩しい笑顔だった。
わたしはあの時の気持ちをうまく言葉に表せない。
今ならできるかもと思ったからこうして書いてるけど、やっぱり、多分、うまくできない。
あの時内心すごく驚いていた。だけど同時に、決して驚いたりするものかと強く思った。
『そっかあ! また明日ね!バイバイ!』と出来るだけあっけらかんと笑顔で返した。
いろんな感情が押し寄せて、小学六年生の私の心の中は溢れかえっていた。
嬉しくて、切なくて、爽快で、悲しくて、愛おしくて、泣きたくて、悔しくて、あったかくて、抱きしめたくて。
それに、家を隠し続けた彼の気持ちが私には痛い位よくわかった。
私の家もとても古く、当時の私にはそれがすごく恥ずかしい事で、簡単に友達には教えられなかったからだ。
だからこそ、彼の見せた、あの何かを自ら開くような瞬間が、とてつもない眩しさで、私の心を鷲掴みにした。

31歳になっても尚、変わらない鮮度で、胸がぎゅうっとなる。

蝶ネクタイ。サスペンダー。
晴れた日。古いアパート。
眩しい。あの笑い顔。
あの小さな男の子がくれた風が今
心にかぶせた布を軽やかに剥ぎ取ってゆく。
感受性はここにあるよと。言わんばかりに。
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by soundnoji | 2015-05-30 04:05